この記事は、これからグループホーム(共同生活援助)を立ち上げたいと考えている方に向けて書いています。すでに運営されている方にも、「なぜこの業界には数字で語れる経営本が少ないのか」という視点で読んでいただけたら嬉しいです。
きっかけは1冊のKindle本でした
先日、Kindleでグループホームの経営体験記を見つけて読んでみました。普通の主婦だった方が、フランチャイズに加盟してグループホームを立ち上げ、8年間経営した記録です。コンサルティング料に300万円を支払い、サービス管理責任者の休職、報酬改定、ホームの規模縮小…と、波乱の8年間が綴られていました。
全部で25ページほどの短い本です。読み終わってすぐは、感想がうまく言葉になりませんでした。
でも、この「言葉にならなかった何か」を自分なりに掘り下げてみたら、これから立ち上げを考えている方に伝えたいことがいくつも出てきたので、記事にしてみます。
一番知りたい「数字」が出てこない
タイトルには「経営のリアル」とありました。私が経営の本に期待するのは、収支の数字です。売上がいくらで、家賃と人件費がいくらで、手元にいくら残ったのか。報酬改定で利益が飛んだというなら、何がどれだけ減ったのか。
この本には、それがほとんど出てきませんでした。「大変だった」という記述で終わっています。
数字が書けないのは、おそらく数字を追ってこなかったからです。著者の方だけの問題ではなく、これはこの業界全体の傾向だと私は感じています。福祉の世界には「想い」で参入する人が多く、想いは時として数字を軽視する言い訳になります。一方で「儲かる」と聞いて参入する人も、意外なほど収支を管理していません。
障害福祉サービスの報酬は、利用者の障害支援区分によって大きく変わります。区分の高い方を受け入れられる体制があるかどうかで、同じ定員でも売上は倍近く違ってくることがあります。そこから家賃、人件費、フランチャイズであればロイヤリティが引かれていく。この構造を数字で把握していなければ、報酬改定のマイナス数パーセントで利益が消えるのは当然の帰結です。
「順番を飛ばす」ことの意味
読みながらもうひとつ引っかかったのは、参入の順番です。
著者の方は、福祉業界の経験がないまま開業されています。本来であれば、まず世話人として現場に入り、他の事業所の運営を間近で見て、支援の実際を研究してから立ち上げる、という道があったはずです。
ただ、その気持ちもわかるのです。自分でサービス管理責任者の資格要件を満たそうとすると、直接支援業務の実務経験と研修で何年もかかります。開業を思い立った人にとって、その年数はあまりに遠い。
だからこそ、「未経験でもすぐ開業できる」という言葉が刺さるのだと思います。開業までの遠さに焦りを感じている人ほど、この種の勧誘に応じやすい。その構造自体に、私は引っかかりを感じています。
「未経験でも大丈夫」の言葉には立ち止まってほしい
この本を読んで一番考えさせられたのは、フランチャイズという仕組みそのものについてです。
グループホームのフランチャイズには、福祉業界の経験がない人にも「未経験でも開業できます」と参入を勧める形態があります。著者の方も、儲かると聞いてフランチャイズに加盟した、業界未経験の方でした。
冷静に考えてほしいのですが、本来サービス管理責任者になるには何年もの実務経験と研修が必要です。世話人として現場に入り、支援の実際を学びながらステップアップしていく道が王道です。その年数を飛ばして開業できるという商品設計は、裏を返せば「支援を知らない人が、支援を知らないまま経営者になる」ことを意味します。
私はフランチャイズに加盟した事業所の実態を直接見たことはありません。ただ、加盟後数年で離脱した方や、事業を畳んだ方の話は耳に入ってきます。少なくとも、加盟金やコンサルティング料を支払えば経験の不足が埋まる、という期待は持たない方がいいと思います。数字を読む力と人を見る目は、契約書には付いてこないからです。
そして著者の8年間は、まさにその2つの不足が形になった記録でした。物件探しは自分ひとりで行い、報酬請求では加算の取り忘れがあり、収支の数字は本の中にほとんど登場しません。300万円のコンサルティング料が何に対する対価だったのか、読み終わっても私にはわかりませんでした。
【立ち上げ前に確認してほしいこと】
- 「未経験でも開業できる」という勧誘は、未経験であることのリスクを本部が肩代わりしてくれるという意味ではない
- 契約金額に何が含まれ、何が含まれないかを書面で確認する(物件探し・人材採用・報酬請求事務はどちらの仕事か)
- 収支シミュレーションを「障害支援区分別の利用者構成」まで落とした形で提示してもらう
- その本部が支援した既存事業所を、複数、直接見学させてもらう
- 契約前に、利害関係のない専門家(税理士など)にセカンドオピニオンを求める
それでも著者の8年間には学ぶものがあります
批判的なことを書いてきましたが、この方の行動力そのものは本物だと思います。
物件が見つからず一戸建てを購入し、融資が足りない分は自己資金で埋め、求人のビラを自分で発注してポスティングを依頼し、最終的にホームを4棟まで広げた。業界未経験の方が、です。このエネルギーは素直にすごい。
そして、途中で倒れられたサービス管理責任者の方が、病床で書類の場所や引き継ぎを必死に伝えようとしたというエピソード。裏を返せば、それだけ実務がその方ひとりに集中していたということです。実際、後任の方は同じ働き方をせず、ホームは縮小されました。
私はここに、この本で一番価値のある教訓があると思っています。優秀な人に出会えるかどうかは運です。でも、その人の仕事が経営者から見えない状態を放置するかどうかは、運ではなく経営です。属人化した運営は、その人が倒れた瞬間に事業ごと倒れます。
ちなみに著者の方は、縮小の判断について「自分の無理のない範囲で運営する」と書かれていました。この判断は偉いと私は思います。拡大した事業を畳む決断は、拡大する決断より難しいですから。
なぜ「良質な経営本」が出てこないのか
不動産投資の本は、ひどいものから素晴らしいものまで玉石混交ですが、母数が多いので良書も生まれます。グループホーム経営の本は、そもそも数が少ないうえに、数字で語れるものがなかなか見当たりません。
これは、数字で語れる経営者が少ないことの裏返しではないかと私は疑っています。
いま、この業界には「儲かる」と聞いた事業者の流入が続き、自治体によっては総量規制が始まり、報酬も引き下げの方向です。数字を持たない経営は、この環境ではまず生き残れません。
一方で、この業界の競争は資本力だけでは決まらない面もあります。入居の紹介経路を握っているのは地域の相談支援専門員で、彼らは事業所を選んで紹介します。規模や広告ではなく、日々の支援の評判という極めてローカルな信頼が、稼働率を左右します。ここは、小さな事業者にとって希望のある話だと思います。
まとめ:立ち上げを考えているあなたへ
【この記事で伝えたかったこと】
- フランチャイズやコンサルは、下積みの年数を埋めてはくれない。数字を読む力と人を見る目は、お金では買えない
- 契約前に、何が契約に含まれるのかを書面で確認し、利害関係のない専門家に相談する
- 優秀な人材との出会いは運。その人に依存した運営を放置するのは経営の怠慢
- 収支の数字を追う習慣は、開設前から作っておく。数字のない「リアル」は、リアルではない
25ページの本から、ずいぶん長い記事になってしまいました。でも「儲かると聞いて飛び込み、儲からず、つらい日々だった」という8年間の記録は、これから始める人にとって、成功譚よりずっと価値のある教材だと私は思います。
その教材から何を学び取るかは、読む側の仕事です。


コメント