焼肉、回転寿司、ステーキ。入居者さんと外食に行ったら、ホームの中では見えないものが見えた話

支援・ケース記録

この記事は、グループホーム(共同生活援助)を運営している管理者・世話人・生活支援員の方に向けて書いています。

日々の支援って、どうしても「頭を使う」場面が多いですよね。金銭管理、服薬、通院、関係機関との調整。だからこそ、たまには入居者さんと純粋に楽しい時間を過ごしたい。そう思って、あちこち外食に連れて行きました。

正直、大変でした。でも「大変だったからもう行かない」という話ではありません。外に出たからこそ見えたものがたくさんあった、という話です。

焼肉:危ないものには触らない。でも「生肉と箸」は難しかった

最初に行ったのは焼肉です。

うちのホームの方たちは危ないものに触らない、という理解はしっかりできている方たちだったので大丈夫だろうと行ってみました。

想定外だったのは、生肉と箸の関係でした。生肉を扱う箸と食べるようの箸を使い分けられなかったのです。衛生面から考えれば必須のことですが、この「なぜ分けるのか」という理屈が理解しにくい。加えて、自分で焼肉をする経験自体が少なく、体で覚える機会もなかった。理屈と経験の両方が足りないと、つい自分の箸で生肉に手が伸びてしまうのです。

焼き加減の判断も難しく、結局、職員が全員分の肉を焼き続けることになりました。入居者さんはとても楽しそうでしたが、私は完全に焼き係でした。焼肉は「調理工程がテーブルの上にある」外食なんだと、行ってみて初めて実感しました。

回転寿司:「選べる」ことと「選んだ結果を管理する」ことは別だった

次は回転寿司。レーンから取るだけなら簡単だろうと思っていました。

ところが今の回転寿司は、タッチパネルでの注文が中心です。パネルを見ながら「これ食べる」「これも食べる」と楽しそうに注文するのですが、いざ商品が届くと「あれ?」という顔をされる。自分が何を注文したのか、届く頃には覚えていないのです。

さらに、「聞かれたことには、はい!と答えるタイプ」の方もいます。「これ頼んだ?」「はい!」「食べる?」「はい!」…確認のやり取りが、確認として機能しない。誰が何を注文したのか、テーブルの上は把握不能になりました。

このとき気づいたのは、「自分で選べる」ことと「選んだ結果を管理できる」ことは、まったく別の力だということです。ホームの中の食事は配膳された状態で始まるので、この「選ぶ→管理する」の部分は、実は普段の生活では見えていませんでした。

ドリンクバーとステーキ:構造と経験の話

ファミリーレストランでは、気づいたらいつの間にかジュース3杯目、ということがありました。

これは「我慢できない」という話ではなく、そもそも「甘いものはこのくらいにしておくものだ」「食後のデザートならこの程度」という量の相場観が、身についていないのだと思います。多くの人は家庭生活の中で自然と刷り込まれていく感覚ですが、その機会がなかった方には、ドリンクバーの「好きなだけ飲める」構造はそのまま際限のなさにつながります。在宅で暮らしてきた障害のある方に肥満が多いのも、この相場観の不在と無関係ではない気がしています。

ステーキ店では、ナイフとフォークが使えない方がいて、職員が全員分の肉を切ることになりました。焼肉で全員分を焼き、ステーキで全員分を切る。私は何屋さんなんだろう、と思いつつ・・・。

「なんでこうなるのか」と生育歴

一連の外食を振り返って、「なんでこうなるんだろう」と考えました。

ナイフとフォークが使えないのは、障害特性だけの問題ではありません。施設で育ってきた方は、家族でステーキ店に行くという経験をしてこなかった。焼肉を家でやったこともない。外食そのものに慣れていない。「経験がないからできない」のであって、「障害があるからできない」とは限らないのです。

私たちはつい、目の前の「できなさ」を障害特性に紐づけて考えてしまいます。でも実際には、その方がこれまでどんな生活を送り、どんな経験を積む機会があったか──生育歴が大きく関係しています。

そしてこれは、ホームの中だけを見ていてはわからないことも多いです。外食は、その方の「経験の地図」のどこに空白があるのかを見せてくれます。良い面も、支援が必要な面も、両方です。ホーム内での様子だけでアセスメントしたつもりになっていたら、私はこの空白に気づけませんでした。

できないから店を外す、ではなく

ここで大事にしたいのは、「難しかったから、その店はもう候補から外す」という考え方はしたくない、ということです。

経験がないからできない、ということは、経験を積めばできるようになる可能性がある、ということです。生肉と取り箸を分ける理由も、注文したものが自分のところに届く仕組みも、ナイフとフォークの使い方も、一度で身につかなくても、回数を重ねれば少しずつ変わっていきます。

外食は単なるレクリエーションではなく、施設や家庭で経験できなかったことを、大人になった今から経験し直す機会でもある。そう考えると、焼き係もナイフ係も、悪くない仕事だったなと思えます。

外食前に知っておくと支援が変わるポイント

  • その店の「注文形式」を確認しておく(都度注文・タッチパネルは、選ぶ楽しさと管理の難しさがセットで来る)
  • 調理工程がテーブルにある店(焼肉など)は、職員が調理を担う前提で人数配置を考える
  • 食べ放題・ドリンクバーなど「量が本人任せ」の形式は、健康面の配慮が必要な方がいるか事前に確認する
  • 食具(ナイフ・フォークなど)の経験の有無は、障害特性ではなく生育歴の情報として押さえておく
  • 外食での様子は、ホーム内では見えないアセスメント情報として記録に残す

まとめ:大変だった。でも、行ってよかった

外食支援は、正直大変です。でも「トラブルが出るから外に出さない」のは、一番もったいない選択だと思います。

ホームの中の穏やかな生活は、実は環境が多くのことを肩代わりしてくれている状態です。外に出ると、その肩代わりが外れて、その方の本当の姿──得意なこと、経験の空白、思いがけない楽しみ方──が見えてきます。

これから外食を計画している方は、「うちの入居者さんにできるかな」ではなく、「この店は何を要求してくる店かな」という目で下見をしてみてください。そして、うまくいかないことがあっても、それは失敗ではなく、次の支援につながる情報です。

そういうこともあるのか、と頭の片隅に置いて、まずは一度、外に出てみてください。

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